不識塾 課題図書 -中空構造日本の深層-

 

今年の月一企画、不識塾の課題図書も今月で4回目。

 

いつもは月末日に掲載している内容を今日に持ってくるのは明日から別企画を準備しているため。

 

今回はこの1冊を選ぶ。

 

中空構造日本の深層 (中公文庫)

中空構造日本の深層 (中公文庫)

 

 

先日書いたブログ「外堀から埋められる正しさ」でなんとなく感じていたこと、日本や日本人の特性として思っていたことが、フロイトユングなどの心理学、古事記や民話や昔話、現代で起こっている事件や事象を通して証明された気分。

 

文庫本の裏表紙に載っている解説が端的でわかりやすい。

 

日本人の深層を解明するモデルとして「古事記」神話における中空・均衡構造を提示し、西欧型の中心統合構造と比較させて、その特質を論及する。人間の内界を記述するものとして神話・昔話、さらにはファンタジー作品などの分析を通して、人類の深い知恵を導き出す刺激的論考。 

 

読み始めた当初は、溢れるほどの心理学用語と学術的な正確性を担保するための表現の多さに取っ付きにくさや難解さに悩まされたものの歯ごたえを感じながら読み進めていくうちに視点のユニークさ、思考の深さ、提示される例の的確さと整合さに我を忘れてむさぼるようページを捲っていた。ところどころ本書のテーマである「中空構造」や気になるコンセプトワードに自分の中で具体的な現実の事象や出来事を当て嵌めては思考を楽しんでいた。

 

そんな気になったコンセプトワードを幾つか拾い上げてみよう。

 

  • ユングが注目した)科学のアキレス腱である「偶然」(P28)
  • メタファーは対立物を合一させ、周辺部のものを中心部へと結びつけ、思考の中に感情を盛りこむはたらきをもつ。(P28)
  • 日本神話の体系のなかにおいては、対立的な存在が微妙なバランスを保っていることが多いのであるが、これを男性原理と女性原理という観点から考えてみよう。男性原理はものんごとを切断する機能を主とし、切断によって分類されたものごとを明確にする。女性原理は、結合し融合する機能を主とし、ものごとを全体のなかに包みこんでいく。(P43)
  • 日本神話の論理は統合の論理ではなく、均衡の論理である。中略 中心が空であることは、善悪、正邪の判断を相対化する。統合を行うためには、統合に必要な原理や力を必要とし、絶対化された中心は、相容れぬものを周辺部に追いやってしまうのである。空を中心とするとき、統合するものを決定すべき、決定的な戦いを避けることができる。それは対立するものの共存を許すモデルである。(P47−48)
  • 「日本では通常『国民的合意』は軽率に、しかも驚くべき速さで形成される。その上、いったん『合意』が出来てしまうと、異説を主張することは非常に難しいという国柄である」(森嶋通夫氏の論文より P56)
  • 筆者はいぜんより、日本のおける父性の弱さを問題視してきた。しかし、「父権復興」という用語は用いたことはない。これは、わが国には復興すべきような父権など、もともとなかったという認識に立っているからである。中略 わが国は心理手金は母性優位の国であり、欧米の父性優位性と対照的であると言うことである。個人の個性や自己主張を重要視するよりは、全体としての場の調和や平衡状態の維持のほうを重要視するのが、日本人の態度なのである。(P56−57)
  • 日本人自身が今、どのような言葉を用いるべきかに深い迷いをもっているからであると考えるべきではなかろうか。つまり、筆者の表現で言えば、日本的中空構造によることもできず、さりとて、西洋の父性中心の構造によることもできない。日本的なものを深く掘り下げようとしても、そこに見いだされるものは文字どおりの無であり、言葉を失った状態にあるのが、現在の日本の状況ではなかろうか。(P74)
  • (一つ上の解決策として)筆者が「意識化への努力」として提言したいことは、そのような西洋的父性の論理へとジャンプすることではなく、日本人としてのわれわれの全存在をかけた生き方から生み出されてきたものを、明確に把握してゆこうとすることである。(P74)
  • (日本人の意識構造について述べるとき)西洋人の場合は、意識が無意識と明確に区別された存在として、その中心に確立された自我を持っている。しかしながら、人間の心は意識も無意識も含めた全体としての中心、自己を無意識に持っており、それと自我がいかに拘わりを持つかが大切なことである、とユングは主張する。中略 日本人の場合は、意識と無意識の境界が鮮明ではなく、意識も中心としての自我によって統合されてはいない。西洋人の目から見れば、それはしばしば日本人の主体性の無さや無責任性として非難される。しかし、日本人はむしろ、心の全体としての自己の存在に西洋人よりはよく気づいており、その意識は無意識内の一点、自己へと収斂される携帯を持っているのではなかろうか。つまり、意識と無意識の境界も不鮮明なままで、漠然とした全体性を指向しているのである。(P96−97)
  • 最後に、昔話における「結婚」の問題は極めて大きい問題である。西洋の昔話は王女と王子との結婚によってハッピーエンドに終るのが多いのに対して、日本の昔話には、それが数少ないことはだれしも気づくことである。西洋人にとって、最終目標ともされる「結合」が、日本人にとってはなぜ大切なことではないのか、それに対する一つの回答は、既に述べたことから得られる。つまり、明確に確立した自我は、その統合性のために失われたものと、再結合することを必要とする。それに対して、漠然とした全体性に生きるものとして、何かと結合すると言うことは、ほとんど問題にならないのである。(P99)

 

その他にも社会事例や他国の人たちとの比較もあるけれど、この本の初出が1981年で少し古く感じられることは否めずここでは取り扱わない。

 

いずれにせよ「中空構造」を持つこの国日本と日本人の意識という考え方は改めて納得のいくものであったし、それを踏まえてどうこの国をよくしていくのか、本が書かれた当時よりも遥かに進んだグローバル社会で我々日本人がどう生き残っていくかを考える上で非常に示唆に富んだ一冊であった。

 

まずは自分がいる場所、仕事、そして心を高めていくために参考にしていきたい。

 

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