不識塾 課題図書 ー人間回復の経済学ー

 

 今年の「月一企画」「不識塾 課題図書」の10回目はこの一冊。

 

人間回復の経済学 (岩波新書)

人間回復の経済学 (岩波新書)

 

 

ページを開くと「はじめに」で作者の言う「仰々しい」タイトルの理由が説明される。

 

それだけで作者が「主流派」の経済学を「俗流」「非人間的」と見なし、異なる経済学を提示しようとすることがわかる。

 

本書が書かれた21世紀初頭(既に12年も前!)は「失われた10年」という言葉がさかんに叫ばれ、「人間の全体性をおしつぶしてしまうような構造改革」が作者の専門である「財政学」「財政社会学」の見地からアプローチされ、否定されることを予期させる。

 

本稿は出だしから「経済のための人間か、人間のための経済か」という見出しで主流派経済学の「人間=経済人」という前提が痛烈に批判され、ホモ・サピエンス(知恵のある人、感情のある人間)であることを忘れてはいけないと喝破する。

 

他方で、ある意味それは弱者の視点から見る経済学であり、共産主義社会主義に通じていくのではないかと危惧したものの議論は「主流派経済学(俗流経済学)」がどのように「新自由主義」と結びつき、イギリス、アメリカで広まっていったかの解説になる。その流れは日本でも蔓延し、90年代の「失われた10年」に繋がっていく。そしてケインズ経済学、ケインズ福祉国家運営もまた行き詰まる。

 

作者はそれを時代の流れの中である程度不可避だったことを認めつつ、その時代から脱出するためのヒントを提示していく。

 

それが「工業社会から知識社会への転換」や「ワークフェア」(スウェーデンフィンランドを代表とするフラットで相互協力と自発的創発が促される社会的な仕組み)という言葉で表され、経済だけでなく、政治や社会の連携関係をより密にし、総合的に考えることが重要であるという「人間回復の経済学」に繋がっていく。

 

では、経済のシステムは社会的システムとどのように連携、融合するのか。

 

具体例として「学習サークル運動」「育児サービス」「心のケアサービス」が挙げられる。

 

これらのサービスは当然のことながら地域に密着したものでなければならない。そして、地域が活発に動くためには自分の意思で動くことが大事であり、そのためには自由裁量がなければ機能しない。本書では当然の帰結として地域分権が文脈に流れているし、中央政府の役割は最小限に留められなければならないと明言もされている。

 

最終章は「人間のための未来をつくる」というタイトルで下記の内容が語られる。

 

「人間として生きる時間」、「家族つまりファミリーとは、『食事を同じくする者たち』という意味である。中略、日本の家族にはローマの奴隷に許された権利すらない。食事を同じくするという、家族の態をなすための最低の時間すら労働時間に侵食されているのである」 また、「競争社会をめざす日本では、自由時間とは、仕事と仕事とのあいだの待ち時間でしかない」、「自由時間とは、本来、人間が人間としての幸福を味わう時間である人間とふれあい、愛し合い、学び合い、ともに遊ぶ、それによって人間の文化的豊かさを体験しつつ、人間としての能力を発揮して人間の文化を創造する時間である。もちろん、外なる自然とのたたかいの時間である労働時間も、人間がjこの能力を最大限発揮できる時間でなくてはならない。こおように、人生のあらゆる局面で、人間が人間として生きていく時間軸をとり戻す必要がある。

 

そして、それは「人間として生きる空間」につながり、「人間の生活の場としての都市再生」としてヨーロッパの都市を例にして具体性を持ち、また、「サステイナブルシティ」(持続可能な都市)を合言葉にして提示される。

 

最後は「人間のめざす未来を創造する」として、

 

「そうした未来を想像するには、人間が個人として知恵を出すよりも、協力して知恵を出し合ったほうが実現性が高いに決まっている。人間が協力して知恵を絞れば、未来を人間が創造できるはず」

 

と力強く締め括られる。

 

文章と構成は大学教授の教科書のように硬いけれど、内容と趣旨は非常に示唆に富むものであり、共感できるところが多かった。

 

(このブログの)筆者は元々「改革論者」であり、変革を通じてこそ人間が成長、進化すると信じて疑わないだけに改めて「不識塾」の趣旨を噛み直し、味わい直すことができた。

 

今まで信じて疑わなかった前提(常識)が崩れる時には喪失感、悲壮感が付きまとってもおかしくないけれど

 

今回はなぜか「爽快感」に似たような感覚さえおぼえた。

 

目から鱗がまた落ちたのかもしれない。

 

 

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