失われた26年

 

21世紀に入った頃、バブル経済が破綻してからデフレに苦しみ続けている日本経済を揶揄して「失われた10年」と盛んに言われるようになった。

 

それが15年、20年に伸び続け、ようやく最近になって言われなくなってきたかと思いきや、今回のアメリカ西海岸への旅行で日本は今も尚「失われた時」を伸ばし続けていると痛感させられた。

 

およそ20年前住んでいた時の物価の感覚が無意味に感じられるほど、モノやサービスの値段が上がっていた。

 

感覚的には2倍になっていたものが少なくないし、全体的にも3、4割上がっているのではないか、というほど。

 

例えば、ユニバーサルスタジオやディズニーランドの入場料は、かつて50ドル程度(日本円で5000円〜5500円)で日本と同じくらいだったものが、ほぼ100ドル(1万円強)と倍になっていたり、ミネラルウォーターが1本1ドル程度だったものが、2ドル以上するようになっていたり、駐車料金が掛かることが稀だったのが、10ドル程度かかるようになった等、確実に、大幅に、物価が上昇している。

 

そして、それが消費に冷水をかけるでなく、むしろ以前よりも活況を呈していて、景気の良さを至るところで感じることに。その果実の一つとしての安全面も確実に高まっていて、かつて感じた「危ない感」というのはほとんど感じずに済んだ。

 

考えてみると、アメリカは90年代半ばからIT革命、金融工学との融合(フィンテック革命)、そしてシェール革命・・・と続き、社会的な問題を抱えつつも経済成長を続けていて、それが多くの問題、課題を覆い隠していることを肌身で感じた。

 

清貧もいいけれど、経済成長は全ての問題を覆い隠す(という格言があるかどうかはわからないけれど)は本当だと実感した。

 

「失われた26年」をこれ以上伸ばさないために何ができるか、何をしなければならないか、

 

それを新聞やテレビニュースで見るだけでなく、自分の目で見て、自分の肌で感じ、自分の頭で考えるきっかけにしたい。