刻まれる感情

 
文明人たろうとすればするほど理性と論理と合理性が人間の人間たるべき資質であり、思考と行動を支える柱と考えがち。
 
 
もしかすると多くの現代人は既にそう信じて疑いもしないのかもしれない。
 
 
しかし、現実は異なる。
 
 
感情や本能といったより原始的動物的な役割の方がより強く、鮮明であり、脳にも刻まれやすい。
 
 
理性や論理や合理性のような人工的な産物は思考には適しているかもしれないけれど、皮膚感覚にはなりにくい。脳に刻まれることもない。
 
 
逆に、感情や本能から生み出された感覚は肌感覚として残りやすく、脳にも刻まれやすいのだ。
 
 
よく言われるのは、たとえ悪い印象であっても平凡よりはよいということ。強いインパクトを残した方が内容が仮に悪いものだったとしても人の記憶に残りやすく、しかもそれを再現する(思い出す)時は「悪い」が取れていることが多いのだという。
 
 
子供の頃の自分の記憶を辿ってみたらわかりやすいかもしれない。
 
 
何が、どんな風に、は覚えていなくても、怖かった・・・ 楽しかった! 嬉しい! 嫌だった・・・という感覚は不思議に残っているもの。
 
 
頭で考えた良いものより感覚的にいいもの、心に訴えかけるものの方が良いということ。
 
 
人との接し方、物事を伝える時の方法をもう少し考え直したいと思った。