イーハトーブ考


イーハトーブとは理想郷のこと。


宮沢賢治の造語である。


彼の故郷である岩手県花巻市を訪れた際、宮沢賢治記念館に立ち寄った。


今年春にリニューアルオープンした施設の展示物は充実していて、その中でも農民としての賢治の思考の深さと宇宙にまで広がる想像力の豊かさに胸を打たれた。


農民芸術概論綱要からの抜粋を紹介しよう。


序論
・・・われらはいっしょにこれから何を論ずるか・・・
農民芸術の興隆
・・・何故われらの芸術がいま起らねばならないか・・・
農民芸術の本質
・・・何がわれらの芸術の心臓をなすものであるか・・・
農民芸術の分野
・・・どんな工合にそれが分類され得るか・・・
農民芸術の諸主義
・・・それらのなかにどんな主張が可能であるか・・・
農民芸術の製作
・・・いかに着手しいかに進んで行ったらいいか・・・
農民芸術の産者
・・・われらのなかで芸術家とはどういふことを意味するか・・・
農民芸術の批評
・・・正しい評価や鑑賞はまづいかにしてなされるか・・・
農民芸術の綜合
・・・おお朋だちよ、いっしょに正しい力を併せ  われらのすべての田園とわれらのすべての生活を一つの大きな第四次元の芸術に創りあげようではないか・・・
結論
われらに要るものは銀河を包む透明な意志
巨きな力と熱である
われらの前途は輝きながら嶮峻である
嶮峻やその度ごとに四次元芸術は巨大と深さとを加へる
詩人は苦痛をも享楽する
永久の未完成これ完成である

再び序論の文章を詳しく転ずる。

序論
・・・われらはいっしょにこれから何を論ずるか・・・
おれたちはみな農民である ずゐぶん忙しく仕事もつらい
もっと明るく生き生きと生活をする道を見付けたい
われらの古い師父たちの中にはさういふ人も応々あった
近代科学の実証と求道者たちの実験とわれらの直感の一致に於て論じたい
世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない
自我の意識は個人から集団社会宇宙と次第に進化する
この方向は古い聖者の踏みまた教えた道ではないか
新たな時代は世界が一の意識になり生物となる方向にある
正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである
われらは世界のまことの幸福を索ねよう  求道すでに道である


・・・ここには宮沢賢治1926年のその考があるのみである。


いつどこによるのではなく、こうした思考、哲学的なことを考えられる場所こそ、「イーハトーブ」と呼べるのではないだろうか。