随分昔のこと。
アメリカ人の友人が家を訪ねてくれた時にバッグからくたびれた灰色のセーターを取り出して、これを着て写真を撮って欲しいと頼まれた。
いいよと言って、灰色のセーターを着て、本棚の前で写真を撮る。
その後、一緒に食事をしていると自然と灰色のセーターと写真の話になった。すると、想像を遥かに超えた物語の一部に参加していることがわかった。
実際の話である。
筆者の友人のアメリカ人は別の友人から頼まれてセーターを持ち歩いていた。そのセーターの元々の持ち主はある男性で、幼い頃から大好きだった祖母の手編みのセーターをとても大切にしていたという。その彼が大病を患ってしまい、一命は取り留めたものの婚約者との約束だった世界一周旅行ができなくなったことをとても悔やんでいた。
落ち込んだ彼を励まそうとしてフィアンセが取った行動がなんとも凄い。
彼から大切なセーターを借りて、それを失くしたことにして(彼は驚き悲しんだもののフィアンセを責めることもなく許したそう)、そのセーターを様々な友人に頼んでアメリカ中はもとより世界各国に持っていってもらってその国ならではの場所でセーターを着て写真を撮るようお願いしたという。その日本への旅行版が筆者に頼まれたというわけだ。
世界一周旅行ができなくなった彼の代わりに彼の分身であるセーターが世界中を駆け巡り(そのせいで元々白いセーターが灰色になってしまったみたいだけれど)、その写真と各人からのメッセージとセーターそのものが結婚式でプレゼントされるのだという。
そのシーンを思い浮かべて目頭が熱くなった。
二人と灰色のセーターがどうなったかは知らないけれど、
今も2人で元気に幸せに暮らしていればいいな。
灰色のセーターと一緒に。