流離いの旅人

 
 
この一週間「旅」をテーマにブログを書いている。
 
 
思い起こすとゴールデンウィークに南九州旅行をした直後にもこんなことを書いた。
 
 
「流離い(さすらい)の旅人」と言えば、カッコいいけれど「帰る場所」がない人は根なし草であり、誰からも信用されない、社会から落伍者というレッテルまで貼られてしまう、だからこそ「帰る場所」があることに感謝したい、と。(帰る場所
 
 
とは言ったものの、これは田んぼに稲を植え、畑を耕してきた日本人の、農耕民族ならではの考え方かもしれない。
 
 
遊牧民には「帰る場所」はない。
 
 
永遠に流離いの旅を続ける民。
 
 
それでもいいではないか。
 
 
浜田省吾もこう歌っている。
 
 
いつか帰るはずの故郷 今もイメージできてないけど
どこだっていいんだ 君がいれば

 

 いつか「流離いの旅人」になってみたい。
 
 
そう。