耳の痛い話

 

耳の痛い話を聞くのはつらい。

 

しばらく聞いていると心がきゅうっと締め付けられるような気がするし、文字通り耳が痛くなることもある。

 

それでも、耳の痛い話ほど耳を傾けなければならないし、心に突き刺さることが多い。

 

怒られていると感じたり、責められていると感じると誰でも防衛本能が働いてその場から離れたくなるし、話を遮りたくなるけれど、そんな時こそ踏みとどまって相手の立場に立ってみたい。

 

苦言を呈する人の気持ちを慮ってみる。

 

単なる苦情や憂さ晴らし、相手を貶めようとするのが動機なら聞く耳は要らない。しかし、それが善意から発しているのなら話は別だ。

 

苦言を呈する人は相手のことを考えているから。

 

事実を曲げて理解したり、対決から逃げる方が楽にも拘らず、敢えて苦言を呈する勇気を讃えたい。感謝をしたい。

 

敢えて苦言を呈する人の話、耳の痛い話ほど耳を傾けたい。

 

そう思った。

 

その方が心に残るのだから。

 

後からじわじわ効いてくるのだから。