19年の本屋大賞を受賞した「そして、バトンは渡された」からの一節を紹介しよう。
「まあ、七割は当たってたけどね。梨花が言ってた。優子ちゃんの母親になってから明日が二つになったって」
「明日が二つ?」
「そう。自分の明日と、自分よりたくさんの可能性と未来を含んだ明日が、やってくるんだって。親になるって、未来が二倍以上になることだよって。明日が二つにできるなんて、すごいと思わない? 未来が倍になるなら絶対にしたいだろう。それってどこでもドア以来の発明だよな。しかもドラえもんは漫画で優子ちゃんは現実にいる」
森宮さんと結婚したかった梨花さんが、うまいこと言って私のことを承諾させようとしただけだ、私はますます森宮さんが気の毒になって、「梨花さん、口がうまいから」と言った。
「いや、梨花の言う通りだった。優子ちゃんと暮らし始めて、明日はちゃんと二つになったよ。自分のと、自分のよりずっと大事な明日が、毎日やってくる。すごいよな」
「すごいかな」
「うん、すごい。どんな厄介なことが付いて回ったとしても、自分以外の未来に手が触れられる毎日を手放すなんて、俺は考えられない」
子どもの数だけ明日が増える。
なんて素敵な考え方だろう。
でも、改めて考えてみると、明日の数は自分と子どもの数だけとは限らない。
大切なひとの数だけ、居場所の数だけ存在する。
それは同じ数だけ昨日も今日もあることを意味する。
そして、バトンは渡されていく。