東京探訪 ー幕張メッセ・東京ゲームショウ2018ー

 

今日は、中3の息子にせがまれて・・・というのは言い訳で、昔から一度は行ってみたかった東京ゲームショウに参戦(?)してきた。

 

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4日間で25万人を集めるイベントは想像通り

凄い熱気だ!

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最近のゲーマーはこんなクールな椅子でプレイするらしい。

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ゲーム実況も半端ない。


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AR/VRも確実に進化している。

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昨日小学2年生がプロを負かしたと話題になっていた。e-スポーツも国内はまだまだと思っていたけれど捨てたものではない。
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ゲームショウの華たち

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夢現(ゆめうつつ)なのか、

 

時代と未来を感じた1日となった。

 

おまけ

帰り道でこんな記事を見つけた。

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https://web.smartnews.com/articles/f2vwQewM8jN

 

 

夢うつつのかんじ

 

微睡(まどろみ)の中で夢なのか現実かわからない時がある。

 

夢うつつな感じ。

 

そう書いて気がついた。

 

夢うつつの漢字は「夢現」と書くことに。

 

「すべては夢、それが人生」

 

そう言ったのは、マルクス・アウレリウス

 

アカデミー作品賞受賞作品「グラディエーター」の主人公マキシマスの仕える皇帝だ。

 

夢も現実もない。

 

夢現で生きればいい。

 

“Strength and honor!”(力と名誉を!)と叫んで。

 

グラディエーター (字幕版)

グラディエーター (字幕版)

 

 



 

 

冒険の書

 

この世界は使命を探す冒険であると昨日のブログに書いた(装備に拘る)。

 

幼かった頃はただ遊ぶことに夢中だった。

 

中学、高校は夢ばかり見ていた。

 

大学生になっても夢を見ていたし、いざ仕事を探す段階になっても夢を見ていたような気がする。

 

仕事を始めてからも睡眠中の夢と同じく夢は移ろい、いつの間にか夢なのか現実なのかわからなくなっていた。

 

いや、目の前の現実に対応することで必死だった。

 

でも、改めて振り返って考えてみると、それはそれでその時その時のミッションに必死だったし、一つずつクリアする度にステージをクリアしてきた。

 

使命を探す冒険はとどのつまりこの人生なのだ。

 

そして、1日の終わりに綴るブログは冒険の書に他ならない。

 

旅はまだまだ続く・・・

 

 

装備に拘る

 

アディダスにナイキのスニーカー、ピジネスシューズにパンプスにクロックス・・・

 

電車に座って視線を落とすと前に座っている人の足元に自然に目が行く。

 

靴という装備に人はどれだけ拘って(こだわって)いるだろう。

 

ズボンやスカート、シャツやカバン、時計にメガネにアンダーウェア、

 

その一つひとつの装備にどれだけ拘りと愛着を持っているか。

 

相対的に女性は意識の高い人が多い。

 

反対に男性はあまり考えず身につけているモノが多いのではないか。

 

ロールプレイングゲームドラゴンクエストならゴールドを貯めてはより良い装備に変えることに余念はないのにリアルの世界ではなおざりにしてしまうのはなぜだろう。

 

モンスターと戦わないからだろうか。

仲間と冒険をしないからだろうか。

使命がないからだろうか。

 

どれも違う気がする。

 

我々一人ひとりは自分の世界の勇者であり、日々仲間と冒険をしてモンスターと戦っている。

 

装備に拘らないでどうする?!

 

この世界は使命を探す冒険なのに。

 

見える景色

 

見える景色が違う

 

そう感じた。

 

立場の違い、経験の違い、価値観の違い、様々な違いが重なり合って一人ひとりの見える景色が異なってしまう。

 

見える景色が違えば、目的地も行き方もスピードも、全ての判断基準がバラバラになってしまう。

 

それを合わせることから始めなければならない。

 

見える景色を合わせることによってゴールの確認をする。

 

行き方、スピードはそれぞれでいい。

 

多様性(ダイバーシティ)の名の下にゴールさえ共有できればそれでいい。

 

 

遅ればせながら

 

英語の表現の“It is not too late to mend.”や“Better late than never”は「改めるのに遅すぎることはない」「遅れてもしないよりはした方がいい」という意味。

 

遅ればせながらようやく体制が整ってきた。

 

人的な体制も心の中も。

 

受け身ではなく、自らの意志を持って動き出す。

 

遅ればせながら真のプロジェクトが始動する。

 

唯一の問いは、「自分は何をしたいのか?」だ。

 

 

他動詞の活用

 

他動詞の活用

 

と言っても、外国語の勉強の話ではない。

 

何かに働きかける表現や考え方はあまり日本語にはないもの。

 

昨日のブログ「自分を元気にするもの」で書いたように、何か自分の外にあるものが自分に影響を及ぼすという考え方は興味深い。

 

外部のモノが自分に影響を及ぼすというのは外部のモノと自分の心が共鳴すること。

 

或いは、他のモノが自分の心を奪ってしまうこと。乗っ取ってしまうこと。

 

自分を元気にするものやリラックスさせるものならいいけれど、自分を悲しませるものや怒らせるものは排除したい。

 

他動詞の活用は、自分の心を観察する一つの良い方法であると同時に慎重に行う必要がある。