誰かのクラクション

 

「誰かのクラクション」は尾崎豊の曲名。

http://j-lyric.net/artist/a000ee6/l0067fc.html

 

それを思い出したのは曲や歌詞からではなく、職場での出来事によって。

 

みんながみんなの場所でみんなの時間でみんなのペースで頑張っている。 

 

戦場を、天地を、縦横無尽に駆け巡り、暴れ回るのはいいけれど、誰かが迷惑を被って、危険を察して、クラクションを鳴らすことがある。

 

無視して沈黙の段幕を下ろす時もよし、クラクションを返す時もよし、窓を開けて中指を立てるのも面白い。

 

前を向いて、只管に、我武者羅に、前進を続ける限り誰も止められない。

 

それでも注意を喚起してくれる誰かのクラクションには聞き耳を欹てたい(そばだてたい)。

 

我武者羅でいく

 

「我武者羅」は「がむしゃら」の漢字。当て字。

 

意味は「一つの目標に向かって、後先を考えず夢中に行動する様」。語源は調べても正確なものはわからなかった。

 

それでも我武者羅でいきたいと思った。

 

只管に。

 

真っ直ぐに。

 

我は武者であり、阿修羅である

 

そう信じて。

 

戦場を、天空を、

 

縦横無尽に駆け回るのだ。

 

気を通す

 

合気道を習っている人から聞いた話。

 

「氣を通すんです!」 

 

何かをする時には「気を通す」ことが大事。

 

プレゼンテーション、商談、  一対一の面談・・・

 

仕事や日常生活の中でもここぞという場面は必ず訪れる。

 

その時にどんなパフォーマンスを行えるのか、それがその人の評価になることは現実のタフさは別にしてみんながわかっている。

 

そこでどんな結果を出すのか。

 

そういうプレッシャーのかかる状況でどう振る舞うのか、最高のパフォーマンスを出せるのか、それをみんなが待っている。

 

そのために「気を通す」ことが大事。

 

一つの「解」として「それもあり」だと誰もが感じている。

 

そういうことだと、みんなもわかっている。

 

それでも多くの人が二の足を踏むのはそこに何か別のものが入り込む隙があると感じているから。

 

それは「実力」かもしれないし、「幸運」かもしれないし、「胡散臭さ」かもしれない。

 

何になるにせよ、「気を通す」ことの価値は変わらない。

 

自分の想いの強さを認識して、それを一本の線に表現し、その線をなぞり続けることで深く、濃くしていく。

 

それが「気を通す」ということであり、

 

自分の想いを「透徹する」ということなんだと、

 

改めて認識することができた。

 

 

気の持ちよう

 

全ては気の持ちよう

 

そんなことを思った。

 

良いことも悪いこと起こる。

 

何をしようがしまいが。

 

誰かが何を言おうが言うまいが。

 

全ては自分次第で、天にも昇る心地にもなれば独りで悲劇のヒロインにもなり得る。

 

誰かからの影響を受けるのではなく、自ら決めて自らハッピーになればいい。

 

少し悲観的になってしまう時は美味しいものを食べて、お風呂にゆったり入って、ほんの少しお酒を飲んで、早めに眠ればいい。

 

全ては気の持ちようなのだから。

 

 

気の緩み

 

気の緩みからまた風邪を引いてしまった。

 

邪な風は吹かせないと偉そうな口を叩いた舌の根の乾かぬうちに次のウイルス/細菌を発症させてしまった。

 

熱はなく、身体のだるさも大したことはないものの咳と痰がひどく出る。

 

無理が続いているのは仕方ないけれど、もう少し自分の体調をモニターして、打つべき手は早めに打たなければならない。

 

自分のことを二の次三の次にするつもりで結局体調を崩して自分ファーストになったら元も子もない。

 

悪意がないだけに余計に厄介・・・

 

自分で言うのも何だけれどまったくいただけないとはこのことだ。

 

気が緩んでいるのなら緩んでいても大丈夫な状況を自ら作ればいい。

 

そうでないなら気を緩めてはいけない。

 

全体をモニターする前にまずは自分自身をモニターすることから始めよう。

 

基本に立ち返って。

 

言葉という燃料

 

言い訳すなや、

反省せえ

 

見ようとすると

見えてくるのが

チャンス

 

苦しくても

行ってみたい道が

自分の道

 

何も言ったかではなく

どう行動したか

 

人は

成長するために 迷う

 

てめえの

人生

なんだから

てめえで

走れ。

 

人生は旅

着くまでを楽しむ

 

弱い者ほど

相手を許すことができない

許すということは、

強さの証だ。

 

敵と思えるような

相手に出会ったら

忍耐+寛容さを

与える修業だと

考えてみてください

 

ちょっとの

勇気で

何かが動く

 

心の中で

思うだけでは

気持ちは通じません

 

どん底から

ドラマが

はじまる

 

自分に

勝てば

すべてに

勝てる

 

ありがとう

言って

言われて

いい気持ち

 

やる時はやる って

言葉はやった後に

言うもんだ

 

嫌いな人の

数だけ、

あなたを

嫌う

人間がいる。

 

 

ブレてもいい。

 

弱ってもいい。

 

言葉という燃料を入れてまた真っ直ぐに走って行けばいい。

 

ネット上で見つけた燃料を満タンに入れて。

 

只の管を通る

 

只の管と書いて「只管」は「ひたすら」と読む。

 

元々「しかん」と発音する漢語を日本語に当てたから。

 

只管打坐(しかんたざ)は仏教用語で「悟りを求めたり想念をはたらかふことなく、ひたすら座禅すること。曹洞宗の座禅の特色」。

 

考えることが大事なのと同じくらい考えないことも大切。

 

考え過ぎたら動けなくなる。

 

一つに絞った後は愚直に真っ直ぐに只管(ひたすら)前に進んで行けばいい。

 

まだ幼かったうちの子どもたちが阿蘇ファームランドのアスレチックで只の管を次の遊具だと思ってひたすら進んで行った時のように・・・