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顔に見える

 

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小学5年生になった娘とその幼馴染は車の正面が顔に見えるという点でも似た者同士だ。

 

おまけ

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只者ではない運転手

 

「この人只者ではない」

 

そう感じたのは仕事関係の人がタクシーの運転手さんと話していた時のこと。

 

その人もタクシーに乗る時はその土地土地の生の意見を聞くことにしているそう。

 

その人が建設に関わった施設の評判を聞いたところ、運転手さんの口から出てくる言葉がまるで施設の企画から参加していた関係者かと思うほど的を射ていたという。

 

仕事柄いろんなお客さんから様々な話を聞くからだろうけれど、たくさんの話の中のどれとどれをピックアップして、自分なりの味付けをするかはその運転手さんの感性にかかっている。

 

只者ではないタクシーの運転手さんのいるこの国はまだまだ捨てたものではない。

 

 

 

運転手さんの趣味

 

 昨日に引き続いてタクシー閑話。

 

先日乗ったタクシーで目の前にある助手席のヘッドレストの後ろ側に運転手さんのプロフィールが貼ってあった。

 

名前やタクシー運転手歴の他に「趣味」の欄がある。

 

「ドライブ」

 

そう書かれているのを見て一人で微笑んだ。

 

帰りのタクシーでもまた別の運転手さんが同じことを書いていて少し考えさせられた。

 

これは悲しいことなのだろうか。それとも趣味を仕事にしている幸せ者の証なのだろうか。

 

土地の景気を尋ねてみると、全然変わらないという達観した答えが返ってきた。

 

「ここいらでこの仕事は年金をもらってる人の仕事ですね」

 

市井の人々の生の声だと思った。

 

真夜中のタクシーのテーマ

 

仕事で時々タクシーに乗る機会がある。

 

地方で乗る時には運転手さんに話し掛けることが多いのだけれど、ふと浜田省吾の"Theme of midnight cab"という曲を思い出した。

哀愁漂うインストロメンタルに作者が乗り合わせたであろうタクシーの運転手が自分の想いを独り言のように、お客さん相手に語り出す。

http://sp.utamap.com/showkasi.php?surl=F02857

自分なりに訳を当ててみよう。

友人の葬式に行ったんだ。16歳からの友達でもう随分になる。何十年と会ってなかった顔も見つけたけれどみんな年老いていた。もちろん俺も。不思議なのはこの男のことを40年以上も知っていたのに彼の死を悲しく感じないんだ。いや、悲しくないと言えば嘘になる。いい奴だったし、でも結局のところ人はみんな独りで死んでいくんだ。そういうもの。心が痛んだのはあいつの奥さんや子どもたちを見たときだった。彼らはまだ若いし、なんて声をかければいいのかわからなかった。死というのは残された人たちだけに意味があるもの。だんな、家族はいるのかい?
思うんだが、家族のいない奴が死ぬというのは、そいつは本当の意味で生きてはいなかったのではないか。本当には存在しなかったと言えるのではないか、と。逆に、生きるというのは生きている者のためにある。なぜなら世界はここにあって今こうして俺が生きていて、運転しているのだから。

 

夜は更けていく・・・

 

浜田省吾

 

https://m.youtube.com/watch?v=Jx6de94nptg

 

 

 

LECT現る!

 

広島に新たな商業施設が出現した!

 

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広島駅からは岩国行きの在来線で12分ほど南西に下り、新井口駅(しんいのくちえき)で降り、すぐ近くにあるアルパークからシャトルバスに乗って10分強の海沿いにその巨大なショッピングセンターが本日プレオープンをした。

 

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中核施設はツタヤが運営するT-SITE、カインズホーム、イズミの食品。

 

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その中でもやはり蔦屋書店を中心としたT-SITE区画が別格だ。

 

これからどのように発展していくのか、衰退していくのか、

 

楽しみでならない。

意図と工夫と笑顔

 

小学5年生になった娘は去年からテニスを習い始めている。

 

まだ下手っぴいながら楽しんでいるようで何よりだ。

 

今月からの先生は・・・じゃなかったコーチは4人目。テニスクラブの方針や指導法はある程度決まっているのだろうけれど、一人ひとりを見ていると結構個性が出ていて練習法、工夫の仕方、子どもたちへの声かけ方が異なっていて面白い。

 

新しいコーチは上手だ。

 

練習の意図が明確で一つひとつの練習に工夫がされているのが見て取れる。始めたばかりの初心者への配慮も十分だ。

 

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今日のテーマ(の一つ)はサイドステップ。

 

「どうしてサイドステップをするのでしょう?」

 

コーチが子どもたちに尋ねる。 きちんと練習の意味も考えさせるし、個別の練習ラウンド後には一人ひとりの特徴を踏まえた上で個別アドバイスをしている。

 

そして何より笑顔と明るい声かけが練習を楽しいものにしている。

 

「ふ〜。ふらふらぁ。足がよろよろしてる」

 

練習を終えた後の娘の言葉だ。

 

それが笑顔で発せられているのが嬉しい。

 

意図と工夫と笑顔

 

テニスの練習だけでなく、いろんなものに応用できそうだ。

 

 

ちょっとした冒険家

 

昨日のブログで普段とは違うものについて暫し考えた。(普段とは違うもの)

 

それが平凡な毎日を破り、刺激をもたらし、ありきたりの生活をちょっとした冒険にする。

 

その秘訣はおよそ3つに集約される。

 

自分で自分を驚かせる
生まれて初めてを探す
意外性を追求する

 

自分で自分を驚かせるというのは誰かにサプライズを仕掛けるのに似ているかもしれない。誰かをドッキリに嵌めるように自分に対して普段では考えられないようなことを仕掛けてみる。

 

生まれて初めてを探すはシンプルだ。日々の暮らしはなんだかんだ言っても自分にとって心地いいことに囲まれているもの。初めてのことは誰でも緊張するし、そこに失敗はつきもの。何かがうまくいかないことは辛いかもしれないけれど、だからこそうまくいかせようとして頭も身体もフル活動することになる。それが能力の開発になり、成長に繋がることになる。

 

意外性を追求するは自分も他人もあっと驚くような意外性を探すことで新鮮味が生まれ、色褪せた日々が鮮明な色を取り戻すことになる。

 

新しい体験が新しい感覚を呼び覚まし、新しい自分に出逢うことになる。

 

心も頭も活性化するからこそ元々眠っている自分の中にあった何かが覚醒する。

 

ちょっとした冒険を企画し、実行する勇気を呼び起こしたい。