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外国語を学ぶ価値

 

妻はあいも変わらず韓国ドラマに嵌っている。

 

あまり面白くない、この女優のどこがいいのかわからない、と言いつつ見続けている。

 

結局好きなのだ。

 

覗き込んで、そこで話されている韓国語を口真似すると訂正される。

 

正式に韓国語を勉強しているわけではないけれど、日本語字幕で意味を確認しながらもそれなりの量を聞くことで妻は多少なりとも韓国語がわかるようになっているようだ。

 

そもそも日本で外国語を学ぶのは学校の授業で英語を習う以外にほとんど機会はない。その英語も教科の一つ、受験があるから学ぶという人がほとんどである。あとは趣味として外国語を学ぶ少数派に加えて最近増えてきているのはビジネスマンが海外取引で必要に駆られて学ぶというもの。

 

昨日のブログの最後で「我々は自身の新しい絵の具を探しているだろうか」と自問して終えた。(新しい絵の具)

 

ふと思ったのは、外国語を学ぶという行為は新しい絵の具を手に入れること。

 

英語であろうが、韓国語であろうが、スペイン語であろうが、ドイツ語であろうが、アラビア語であろうが、

 

日本語と異なる言葉を学ぶことで物事や人生を理解したり表現したりする新しい切り口、道具を身につけられる。

 

もう一度英語の勉強をし直してみたくなった。