職人さんの道具

いつどこで目にした言葉だったか定かではないけれど、ネットの民がこんな呟きをしていたのが今も心に残っている。

 

「僕は、ファーストフードやコンビニのお弁当や惣菜が悪いものだとは思わない。開発した研究者や商品として認めた経営陣、そして、工場で製造を担当している人たちに想いやこだわりがないとは到底思わないから。家庭で作られた心の籠もったお弁当に引けは取らないと思っている。」

 

作ってくれた人の顔が見えるか見えないかの違いはあったとしても弁当や料理に籠もった想いは変わらない。その考え方が素敵だと思った。

 

昨日のブログで消耗品と位置付けられる製品たちも愛着を持って心を籠めて使い続けていると、それはいつしか「職人さんの道具」になり、使う側を使われる側もいい気持ちになれる。

 

そんな内容を書いた。

 

身に付けるもの、毎日使うもの、自分の体の中に入れるものには特に自分のこだわりや価値観が表れる。

 

それを意識的に、意図を持って、選び、使い続けていきたい。

 

それらがいつしかドラえもんの道具になるまで。