つもりの客観視

 
 
自己評価は限りなく高いが、周りには厳しい人がいる。
 
 
ハイパフォーマーに多いようだけれど、そういう人は問題視されがち。
 
 
あまりに周りに厳し過ぎて、周囲が辟易したり、弱ったり、時には壊れてしまったりもする。
 

そんな人物についてこんな会話が交わされているのを耳にした。

 
(周りの人への接し方、求めるものが高過ぎること、周りの人は必ずしも同じようにできないこと、やり方を変える必要があること、そもそも一人ひとり価値観も異なること等を)


「教えてもらってないからじゃないんですか?」
 
 
「いや、必ずしもそうではないんだけれど、自分ではできていると思っているだけに難しいんだよね。できていないことがわかってないから仕方がないんだけど、だからこそ今からでも伝えていく必要があるし、それを(その人物が)どう理解し、行動まで繋げられるようにするかが君の仕事なんだよ」 
 
 
側で聞きながら


「なるほど!」


と思った瞬間、何かが舞い降りてきた。
 
 
「その上から目線は翻って自分を見た時恥ずかしくないか?」 


という内なる声。


こんな風に他人のできていないことについて話す時(今回は聞く時)は知らず識らずのうちに自分はちゃんとできている、できたつもりになっているもの。
 
 
すると、また別の想いが湧き上がってくる。


以前のブログで紹介した「つもりちがい10ヶ条」だ。

 
  • 高いつもりで 低いのが 教養
  • 低いつもりで 高いのが 気位
  • 深いつもりで 浅いのが 知識
  • 浅いつもりで 深いのが 欲望
  • 厚いつもりで 薄いのが 人情
  • 薄いつもりで 厚いのが 面皮
  • 強いつもりで 弱いのが 根性
  • 弱いつもりで 強いのが 自我
  • 多いつもりで 少いのが 分別
  • 少いつもりで 多いのが 無駄
 
 
改めて調べてみると、な、なんと、40ヶ条版を発見!
  

http://homepage3.nifty.com/haruta_tech/sub07.htm


できているつもりで   できていないのが   客観視


と言ったところか。


弱いつもりで強い自我をどうコントロールするのか、


40ヶ条を何度も読んで修業に励みたい。