電柱のある風景

電柱のある風景が当たり前過ぎて普段は何も感じない。



それでも時々ふと我に返ったように違和感を感じる。



今日、何気なく見上げた空に屹立する柱と磔にされた鉄の塊に大いなる異物感を感じた。













灰色に広がる空の下、張り巡らされた電線は獲物を狙う蜘蛛の糸のようで不気味な様相を呈していた。



戦後の高度成長期に住宅環境が整備され始めた頃は誰も意識する人などいなかった。



電化製品が急速に普及していく中、当時の技術と予算と美的感覚では電線の地中化など検討の対象にすらなかったことは想像に難くない。



やっと最近になって一部の地方自治体で工事が始まっているという話を耳にするが、予算面で常に困難がつきまとい、ほとんど広がらない。



しかし、



都市の景観の改善に留まらず、交通の安全性を高めたり、防災面でも被災時に電柱や電線が二次災害を及ぼす危険性を減らしたり、通信ネットワークの保全や復旧作業の迅速化にも大いに役立つはず。



自民党が政権を奪還し、再び公共事業に莫大な予算が割かれるのではないかという恐れと期待感が国中に蔓延し始めている。



もし、これ以上の国債を発行し、未来の世代にツケを残すのならば、彼らも恩恵を被る住環境、生活環境の改善にお金を遣ってもらいたいものだ。