戦争というもの

 

今日8月15日は終戦の日

 

78年前の今日、玉音放送とともに日本人にとっての太平洋戦争が終わった。

 

「八月や六日九日十五日」

 

そのシンプルな句に唸ってしまう。

 

心が麻痺する。

 

それが戦争。

 

肉親が死んでも、目の前で人が焼け死んでいく姿を目撃しても、何も感じない。自分が生き残ることしか考えなくなる。

 

それが戦争。

 

「歴史探偵」と言われた半藤一利氏の遺作となった本書をこの日に読み直し、改めて想いを深くした。

戦争の残虐さ、空しさに、

どんな衝撃を受けたとしても、

受けすぎるということはありません。

破壊力の無制限の大きさ、非情さについて、

いくらでも語りつづけたほうがいい。

いまはそう思うのです。

90歳の爺さんがこれから

語ろうとするのは、そんな非人間的な

戦争下においてわずかに発せられた

人間的ないい言葉ということになります。

いや、全部が全部そうではなく、

名言とはいえないものをまじりますが、

それでもそこから将来のための

教訓を読み取ることができるでありましょう。

むしろ許しがたい言葉にこそ

日本人にとって教訓がつまっている。

そういう意味で<戦時下の名言>と

裏返していえるのではないかと思うのです。

 

「まえがき」からの抜粋であり、帯の裏側に書かれてある内容は本書の要約であり、半藤氏の控えめなメッセージと言っていい。

 

そして、そんな「名言」とその解説を当時の目線で書き進め、最後には核心と現代の日本や日本人に対しての懸念と警告がなされる。

前略

・・・でも、そんなむつかしい政治的そして軍事的理屈ではなく、よく考えてみると、「予の判断は外れたり」の裏には、今の世にも通じる教訓があるようです。

つまり、当時の日本陸軍の戦争指導層の大半が楽観していたのは、正確にいうと、ソ連が出てきたら、太平洋戦争における今後の全作戦構想(本土決戦)は壊滅する、であるから、ソ連にはでてきてほしくはない。こうした強烈な「来たらざるを恃む」願望が、"でてこないのではないか"という期待可能性に通じ、さらにそれが"ソ連軍は当然出てこない"となった。つまり、起ってほしくないことは、ゼッタイに起こらないという、根拠のない確信になっていったのです。

これはわたしたちがいまもよくやる考え方ではないでしょうか。自分にとって望ましい目標をまず設定して、実に上手な作文で壮大な、楽観的な空中楼閣を描くのが、日本人は得意なんです。物事は自分の希望するように動くと考えるのです。

ソ連満州に攻めこんでくることが目に見えていたにもかかわらず、攻め込まれたくはない。いま攻めて来たらこれは困る。と思うことが、だんだんに"いや、攻めてこない来ないのではないか""大丈夫、ソ連は最後まで中立を守ってくれる"と思いこむようになる。

情勢をきちんと分析すれば、ソ連が国境線に大兵力を集結し、さらにシベリア鉄道を使って、どんどん兵力を送り込んできていることは知っていたのですから、かならず参戦してくるとわかったはずです。なのに、攻めて来られると困るから来ないのだ、と自分の望ましいほうへと考え方をもっていってしまうのです。

考えてみると、日本人にかぎらず、人間というものがそうなのかもしれません。

完全な無策状態に追いこまれると、人は、いつまでもその状況にはいられなくなります。何とかせねばならないとわかっていても、どうにもならない、となって、そこから逃れるために、いや現実は逃れることなどできないゆえに、自己欺瞞にしがみつく。ソ連軍はゼッタイにでて来ないという思いこみです。来るはずはないという確信です。

もはやどうにも手の打ちようもない、とという絶望的状況に陥ったとき、人はいつでも根拠のない幻想でしかないことに、確信とか信念というものを見つけるもののようです。

とくに戦時下の日本人には、その傾向がまことに大なるものがありました。戦争の後半のいろいろな作戦がそうでした。心の奥の奥では、それが蜃気楼でしかないと承知していながら、なんです。「予の判断は外れたり」という言葉はまさにその典型であるといえる、と思うのですが。

 

ここで本文は終わる。

 

その後の解説は、半藤氏の妻であり、エッセイストの半藤末利子がこんな文章を寄せている。

夫が亡くなったのは、令和三年(ニ0ニ一)の一月。彼は自分の死期を悟っていたのかもしれません。具合が悪くなるにつれて、

「あなたをおいて先に逝くことを許して下さい」

と私に頻りに詫びるのでした。

そして、亡くなる日の真夜中、明け方頃だったかもしれません。

「起きてる?」

と、夫の方から声をかけてきました。

私が飛び起きて、夫のベッドの脇にしゃがみ込むと、彼はこう続けました。

「日本人って、皆が悪いと思ってるだろ?」

「うん、私も悪い奴だと思ってるわ」

私がそう答えると、

「日本人はそんなに悪くないんだよ」

と言いました。そして、

墨子を読みなさい。二千五百年前の中国の思想家だけど、あの時代に戦争してはいけない、と言っているんだよ。偉いだろう」

それが、戦争の恐ろしさを語り続けた彼の、最後の言葉となりました。

 

天災と違って、戦争は人間の叡智で防げるものです。戦争は悪であると、私は心から憎んでいます。あの恐ろしい体験をする者も、それを目撃する者も、二度と、決して生み出してはならない。それが私たち戦争体験者の願いなのです。

最期のときのエピソードとともに残された我々日本人が噛み締め、後世に伝えていくべきことが認められている。

 

半藤氏のあとがきより

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戦争は国家だけでなく、人間を豹変させる。

 

それを起こすのも食い止められるのも人間だけなのだ。

 

その叡智を掘り起こすためにも歴史を学び、人間を学び続けていきたい。