環境に負荷をかけない社会

車窓から飛び去っていく街の風景を眺めながらこんなことを考えた。



「我々はいつの日か環境に負荷をかけない社会を創り上げるだろう。」



全ての建設資材、全ての製品素材が必要な強度を持った有機物で作られ、利用後は土に還ってゆく。



エネルギーが水から取り出せるようになる。



そんな未来社会を空想した。



現実性はさておきそんな未来社会をしばし楽しんでみよう。



全ての資材、素材が有機物でつくられるようになれば我々はごみ処理に頭を悩ませなくてよくなる。莫大な資金とエネルギーも必要なくなる。



建物や机、椅子などの家具、テレビやパソコンなどの家電も使い終われば回収され、リサイクルされるか所定の場所(処理場)に収容される。全ての素材が自然界にあるもので作られていることで処理も至極簡単。大きなモノは屋外においておくだけで自然分解され、いずれ土に還ってゆく。



原子力発電の限界が露呈し、更に頭の痛い課題となったエネルギー問題も水からエネルギーを取り出すことができるようになれば悩みは一気に解決する。世界が一瞬で変わる。



つい数百年前までは人間も地球の自浄作用の範囲内で生活を営んできた。



産業革命が起こり、科学の発展と共に人々の生活はより便利になり、豊かになり、それに合わせるかのように環境に負荷をかけ始めた。



20世紀に入り、劇的に科学が発展していき、経済活動が活発化し、乗数で環境破壊が進んでいった。



ようやく一部の人間が限りある資源の中で我々が生きているに気づき、声高に叫んでいるもののこれから経済発展の恩恵を享受しようとしている途上国は我関せずを決め込んでいる。



この飽食の時代、人間の存在が母なる地球を蝕む最大の要因になってしまっている。しかも、経済的発展を欲しいままに享受してきた先進国の人々の幸福度が以前に比べ増したかと問われると誠に心許ない。



そろそろ目覚める時なのだ。本気になる時が来た。



我々人類がこれからも繁栄していくためには先進国も発展途上国もなく、環境に負担をかけない、持続可能な社会を創っていかなければならない。



科学技術の発展に期待をしている。



しかし、他力本願だけではいけない。



我々一人ひとりが多少の不便を我慢しても今しばらくはエネルギーをできるだけ消費しない生活をすることが大事なのだ。



そんな「環境に負荷をかけない生活」を続けていく中できっと未来の私たちは技術的なブレークスルーを打ち立て、冒頭で夢見た社会を創り上げることになる、



と信じている。



案外そんな明るい未来はすぐそこに来ているのかもしれない。