組織の歯車

昨日のブログでギアが噛み合う感覚と組織の中で力を伝えていくことの重要性について考えた。
http://d.hatena.ne.jp/norio373/20121204



その最後には強い「組織の歯車」になろうと締め括った。



「組織の歯車になりたい」



だなんて自分でもどうかしてる。



そう、もう一人の自分が声を荒げる。



でも、その声にはちょっとした皮肉と笑顔が含まれていることもわかっている。



「組織の歯車」という表現は、通常、組織が個々の人間を機械の部品と見なし、「非人間的な」扱いをする時に使われる。或いは、個々の人間が組織で働く中で人間性を失い、没個性化していく中で自虐的に自らを呼ぶ時の表現。



昨日のブログでは「ギアが噛み合う」感覚を組織のコミュニケーションの喩えに使い、個人の力を強めることとコミュニケーション能力を磨くことによって組織はより大きな成果を出せる話をした。



それは組織の中において一人ひとりに役割があり、その役割を果たすことで組織が組織としての目的を果たすことに他ならない。



その意味において、組織を一つの機械、例えば精密な時計に喩えるならば、一人ひとりが一個いっこの部品、歯車であるということに何らネガティブな意味は生じない。



そして、



組織を、人間という生命体に喩えたとしても、人間を作っている一つひとつの細胞や器官がその役割を果たしことの重要性は疑われることなく、そして個々の細胞や器官がそれぞれ「成長」し、力を強くすることで、その統合体である人間自身も成長し、強くなる。



私たち一人ひとりがそれぞれの能力を伸ばし、コミュニケーションを通じて更に大きな力を作り上げることができれば、組織もまた成長し、強くなる。



その「組織」は、企業だけでなく、地方自治体も、国も、そしてこの世界全体も全く同じことに気がついた。



我々一人ひとりには与えられた役割があるのだから。