個人と役割との綱引き

 

高倉健高倉健を常に演じなければならない。

 

そんな話を思い出した。

 

世の中の人には高倉健のイメージがあって、当の本人がプライベートでもそのイメージに合わせなければならないことがあるという。

 

しんどい時もあるのだとか。

 

改めて考えると不思議でもなんでもなく、誰もが何らかの役割を持っていて、その役割を果たそうとしている。

 

父親も母親も部長も課長も係長もPTAの役員も同じだ。

 

時と場合によるとは言え、

 

一個人と役割との間で綱引きをするときは役割に勝たせるようハンディキャップを付けたい。

 

高倉健さんには常に高倉健さんでいてもらいたいのならなおさらだ。